神経変性疾患

神経変性疾患

 神経変性疾患とは、中枢神経系の神経細胞が徐々に障害され脱落してしまう疾患群をさし、疾患により障害されやすい細胞群は異なっています。アルツハイマー型認知症、レビー小体病、前頭側頭用認知症など神経変性疾患には高次脳機能障害を呈するものが多くみられます。私たちは神経変性疾患における高次脳機能障害の中でも、失語と視覚性認知を中心に研究を進めています。


1.原発性進行性失語症(PPA: primary progressive aphasia)

 神経変性疾患による認知症のうち失語症状が経過を通じて前景に立つ一群は、原発性進行性失語症(PPA)と呼ばれます。症状の特徴と主な機能低下部位から、非流暢性/失文法型、意味型、ロゴペニック型(語減少型)の3つの臨床型に分けられます。PPAを引き起こす疾患は、前頭側頭型認知症、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症など多岐にわたります。したがって、言語症状だけでなく、他の所見や検査を組み合わせてより正確な診断を行い、適切な治療へ結びつけることが重要になってきます。私たちは詳細な言語症状の解析、他の高次脳機能障害、神経学的所見に、神経放射線学的検査、髄液検査などを加えることにより鑑別診断を行っています。
 これまでの研究で、レビー小体型認知症によるPPAの症状はドネペジルにより改善する場合があること(Kakinuma et al. 2020)、非流暢性/失文法型のPPAで、前補足運動野~中部帯状回の血流低下が反響言語に関連していること(Ota et al. 2021) がわかりました。
 現在、他の言語症状とその神経基盤や背景疾患についても研究を進めています。

図.進行性非流暢性失語で反響言語の出現に関連している脳障害部位  


 (Ota S et al., Echolaia in patients with primary progressive aphasia. Eur J Neurol 2021)

 

2.変性性認知症における高次視覚認知機能

 変性性認知症の中で、大脳の後方が障害されやすいレビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症では多彩な視覚性認知障害が出現します。中でも、レビー小体型認知症は錯視や生き生きとした幻視が出現するのが特徴です。当教室ではレビー小体型認知症における高次視覚認知障害について長年取り組んできています。
1) パレイドリア反応
 レビー小体型認知症では幻視が特徴的症状ですが、それを診察室で観察できることはまれです。そこで、幻視に関連する症状として錯視の一種であるパレイドリア反応に注目しました。パレイドリア反応は形のはっきりしないものやパターンを、顔など意味のあるものと見てしまう反応です。本講座ではパレイドリアテストを開発し、レビー小体型認知症とアルツハイマー型認知症においてパレイドリア反応を検討した結果、パレイドリアテストは両者を鑑別するのに有用であることがわかりました(Uchiyama et al, 2012, Mamiya et al, 2016など)。また、DLBにおけるパレイドリア反応はドネペジルによって改善し、同時に幻視も少なくなることが示されました。さらに、DLBにおけるパレイドリア反応は気分の影響を受けることが分かりました(Watanabe et al, 2018)。
2) 質感認知
 質感は、ものの物性、材質、状態、さらには感性的価値を推定する能力です。脳が感覚情報から世界の本性を解読する機能とも言えます。たとえば金属の質感は、光沢などの視覚的特徴、叩いた時の聴覚的特徴、冷たく滑らかな触覚的特徴などを有し、それが快や不快から行動に結びつきます。対象の質感をとらえる機能は脳損傷により障害されます。私たちはこれまでレビー小体型認知症やアルツハイマー型認知症において、主に視覚的質感認知の研究を続けてきました。その結果、対象の素材を視覚的に同定する質感認知機能は、特にレビー小体型認知症では軽度認知障害の段階から低下していることが分かりました(Oishi et al, 2018)。さらに、視覚的質感認知機能の低下は対象の同定能力や野菜の鮮度判断にも関連することが示されました(Oishi et al, 2020a, b)。

図.視覚性質感認知(素材の同定・弁別課題)

 

 現在は、対象をパーキンソン病患者や高齢者に広げ、視覚性質感認知機能と触覚性質感認知機能との関連も検討しています。さらに、素材同定のような意識される質感認知(表層質感)だけでなく、意識されない質感認知(深奥質感)を瞳孔反応など生理的指標により捉える研究を進めています。被験者の反応に頼らない指標は、変性性認知症における質感認知の測定をはじめ、他の認知機能障害の客観的評価にも役立つことが期待されます。
 変性性認知症の各疾患における質感認知の変化を明らかにすることは、背景疾患の診断に役立ちます。さらに、同じ環境に身を置いても、感覚器の機能低下とあいまって、若年者と認知症高齢者ではかなり異なる質感世界に居る可能性があります。認知症者における質感認知機能の質的な変化が分かれば、認知症者をとりまくさまざまな刺激の質感をどのようにして最適化するかを考えることができます。新学術領域「質感脳情報学」「多元質感知」、学術変革領域「深奥質感」で培った研究者ネットワークを活かし、質感研究を臨床に応用する「臨床質感学」を推し進めていきます。