てんかん

 当分野では、東北大学てんかん科・脳神経外科と共同で、てんかんにおける高次脳機能障害について臨床・研究を進めています。

1. てんかんとは

 人間の脳には、数百億の神経細胞が含まれています。これらの神経細胞は電気信号を通じて相互作用しており、協調性を保っています。一部の神経細胞が過剰に興奮すると、「てんかん発作」が生じます。「脳の変化により、てんかん発作が繰り返し起こる状態」である場合に、「てんかん」という診断がつきます(ILAE, 2005)。

2. てんかんと高次脳機能障害

 てんかんの診断・治療には高次脳機能が密接に関わってきます。ここでは3つの側面からご紹介します。

2-1. 発作症状と発作焦点
 脳の一部にてんかん発作の元となる部位(てんかん焦点)がある場合、焦点の位置が発作の症状や誘引に影響します。つまり、てんかんの発作症状をよく分析することが、てんかん焦点の推定に繋がる場合があります。発作症状として、失語や幻視などの高次脳機能障害がみられる場合があります。
2-2. 発作時以外の高次脳機能障害
 てんかんと関連する高次脳機能障害は発作症状だけではありません。てんかん患者さんには、発作時以外でも高次脳機能障害が認められることがあります。
 一つは、脳の局所的な異常によって、高次脳機能を支える脳のネットワークの構築が乱されている場合です (Liao, 2008)。もう一つは、一見発作が無いように見えても、潜在的なてんかん性の放電が高次脳機能に影響している場合です (Tassinari, 2006)。
 こうした要因による高次脳機能の障害は、発作時の症状に比べると不明瞭で緩徐に進むことから、慎重に観察しなければ見落とされることがあります。また、てんかんそのものに比べれば影響は小さいですが、抗てんかん薬も高次脳機能に影響することがあります。こうした「発作時以外の高次脳機能障害」も、てんかんの治療方針を考える上で重要な判断材料となります。
2-3.てんかんの脳外科的治療と高次機能障害
 薬だけでは発作が抑制できないてんかん患者さんの場合、脳外科手術による治療が検討されることがあります。てんかん焦点を切除する場合、切除しようとする部分にどんな機能があるのかが問題になります。
 脳の部分的な切除によって起きうる障害の性状や程度を予測するために、「脳のどこに何の機能があるか」を、一人一人の患者さんに合わせて正確に調べる必要があります。「言語」や「手足の動き」といった重要な脳機能がてんかん焦点の近くにあることが判明した場合、それを考慮して治療方針が決定されます。

 実際の臨床では、こうしたてんかんにおける高次脳機能障害に関する知見を、脳波や画像など他の情報と組み合わせることで、より正確な診断や治療に役立てています。

3. 当分野での取り組み
 高次脳機能と脳部位の対応には個人差があります。さらに、てんかんの性質や部位も人によって異なるため、患者さん一人一人の脳機能を丁寧に検討することが必要となります。

3-1. 超選択的Wadaテストによる脳機能評価
 「Wadaテスト」(Wada & Rasmussen, 1960)は、てんかんの手術前に行われる検査です。
 脳血管に短期間作用型の麻酔薬を注入すると、大脳の機能を数分間だけ抑制する事ができます。この際、抑制された脳に言語機能が局在していると、言語の障害(失語)が生じます。この現象を利用して、「どちらの大脳半球に麻酔をかけた場合に失語になるか」を調べることで、言語優位半球を判定するのが古典的なWadaテストです。例えば、左大脳が言語優位半球の人の場合、左大脳半球に流れる血管(左内頚動脈)へ麻酔薬を注入すると、一時的に失語が出現します。
 東北大学では、当科と脳神経外科・てんかん科と共同で、この手法をさらに発展させた「超選択的Wadaテスト」を開発しました。「超選択的Wadaテスト」では、脳の一部分だけに麻酔薬を注入することで、脳の限局した領域の機能を推定することが出来ます。この手法により、言語や記憶に関する領域をより明確に検討することができるようになりました。当分野では、この検査を患者さんの治療に役立てると共に、その知見から高次脳機能の神経基盤に関する研究を進めています。

図1:古典的Wadaテストと超選択的Wadaテストの違い

 

3-2. 頭蓋内電極による機能局在評価
 てんかんの外科的治療を検討するために、脳の表面にシート状の電極を留置する例があります(図3)。このような症例では、脳表電極によっててんかん焦点を明らかにするとともに、脳機能の分布についても検査を行います。

図2:脳表電極留置のイメージ


・皮質電気刺激
 脳表電極を用いて脳の局在機能を推定する手法として、皮質電気刺激が標準的に確立されています。特定の電極に電流を流すことで一時的な言語症状が誘発された場合、その電極周辺の脳領域を温存することで術後に失語の後遺症が生じるリスクを回避することが出来ます。

・高ガンマ活動
 脳表電極を用いると、筋電図などの影響のない皮質脳波を測定することができます。近年の研究で、特定の脳波成分(高ガンマ活動)が認知活動と密接に関連していることが分かってきました(Nakai, 2017)。
当分野では、ウェイン州立大学医学部小児科/神経内科の浅野英司教授の研究室と連携し、高次機能課題中の高ガンマ活動の解析を進めています。こうした解析は、患者さんの脳機能評価として臨床的意義を持つと同時に、ヒトの脳機能のダイナミズムについても示唆を与える可能性を持っています。

3-3. 脳外科手術後の患者さんを対象とした研究
 てんかんの外科的治療後に、軽微な高次脳機能障害が出現する場合があります。たとえば、側頭葉の前方の一部を切除した方で、ときに「人の顔を覚えにくくなった」と感じるようになる方がいることが知られていました。
 当分野では、東北大学病院および国立精神・神経医療研究センターで側頭葉てんかんの外科的治療を受けた患者さんにご協力頂き、顔や言葉に関する記憶や判断の能力を調査しました (Hosokawa, 2021)。従来の説では、「人の顔を覚える能力は右側頭葉にあるため、顔認知に関する障害は右側頭葉の手術で生じる」とされてきました。しかし、今回の研究で、切除を受けた側が右側でも左側でも「顔の覚えにくさ」を同等に生じうること、その機序がワーキングメモリーの障害に関わるものであることが分かりました。

 以上のように神経心理学的、神経生理学的、神経画像的検討を組み合わせ、最新の手法も取り入れることで、高次脳機能の神経基盤を知り、臨床的に役立てていくことを目指しています。